今日の格言

毎日投稿。

©北原陽翔2025

2024年11月9日

愛が不足したとき、人は利己的になる。

2024年11月10日

怒られるべき人間ほど、よく怒る。

2024年11月11日

最も重要なことは、つねに後回しにされる。

2024年11月12日

つまらないものはいくら並べてもマンネリとは言われないが、面白いものはふたつ並べるとマンネリと言われる。

2024年11月13日

人は人を愛そうとするがゆえに人を憎む。

2024年11月14日

強者は強者に立ち向かおうとする。

一方、弱者は弱者に襲いかかる。

2024年11月15日

自分の努力を認めてもらおうとする者はたいてい、他人の努力を認めようとはしない。

2024年11月15日

強者は経済的関係に向かい、

弱者は政治的関係に向かう。

2024年11月16日

秘密にして得られる優越性など、大した優越性ではない。

2024年11月17日

一つ持っていない人と、

すべてを持っている人はともに、

失うものがない。

何も持っていないということは、

すべてを持っているということである。

2024年11月18日

哲学の仕事とは、

地球の裏側まで行ってからまた出発点に戻り、

出発前の知識で十分言えることを言うことである。

2024年11月19日

創造できない人間は、破壊する。

2024年11月20日

自分に欠点を見つけたとき、人は自分のその欠点に関して他人にかみつく。

2024年11月21日

Aという人がBという人をバカだと考えれば、Bという人もAという人をバカと考える。

Aという人がBという人を優秀だと考えれば、Bという人もAという人を優秀だと考える。

要するに、

Aという人がBという人をXという人間だと考えれば、Bという人もAという人をXという人間と考える。

2024年11月22日

優れた行為は誤解されるが、バカな行為は誤解されない。

2024年11月23日

人は勝つ。

誰に─?

─弱い者に。

2024年11月24日

人は他人に自分のことを理解して欲しいものだが、「あなたのことが分かる」と言われると意外に腹が立つことがある。

2024年11月25日

他人を理解する能力は、その人の人間的器量(うつわ)に、純粋に比例する。

2024年11月26日

心の醜さと、嫌いな人間の多さは比例する。

2024年11月27日

普段は平凡なことをしながら、いざというとき(自分の実力が試されるとき)非凡なことをしようと考えるのは無理な話である(自分の実力が試される時非凡なことをしようとするなら、普段から非凡なことをせねばならない)。

2024年11月28日

ひとりにしか出来ないことをすると称賛されるが、

ひとりしかやらないことをすると非難される。

2024年11月29日

先輩風を吹かせる人ほど、先輩らしいことはしない。

2024年11月30日

教えるという行為には、教えるその人の人間性が出る。

2024年12月1日

話すことは弱さをさらけ出すこと

弱さを表さない言葉はない。

2024年12月2日

言葉は人を信じていない。

誰かが信じられないとき、人は言葉を発する。

2024年12月3日

自分に美点のない人間は、他人に美点を見つけることができない。

他人の美点を見つけられる人間は、自分に美点がある人間である。

2024年12月4日

一番忘れやすいのは人からの恩。

一番忘れにくいのは人への恩。

2024年12月5日

優れた人間は誤解されるものである。

2024年12月6日

他人の自我を守ろうとするとき、善は生まれ、

自分の自我を守ろうとするとき、悪は生まれる。

2024年12月7日

弱い人間は否定する。

強い人間は肯定する。

2024年12月8日

平凡な人間ほど、人間の能力には差別があると考え、

非凡な人間ほど、人間はみな同能力であると考える。

2024年12月9日

ある人の能力が普遍的になるほど、その発揮される能力は個性的になり、

ある人の能力が普遍的でなくなるほど(つまり個別的になるほど)、その人の個性は個性とは程遠い、平凡なものとなる。

2024年12月10日

気にするから気になる。気にしなければ気にならない。

2024年12月10日

平凡さが悪を産む。最も凶悪な犯罪者は、最も平凡な人間である。

2024年12月11日

より醜いものを見た者ほど、より美しいものを見ることが出来る。

2024年12月12日

ろくでもない人間のそばにいると、

自分までろくでもない人間のように思えてくる。

2024年12月13日

バカな人間は、自分が偶然に有しているもので、他人への優位を誇示しようとする。

2024年12月14日

自覚の有無はともかく、自分が有能かそうでないかは全ての人がかなり幼い段階で、自ら知っている。

2024年12月15日

優れた人間は優れていない人間に似ている。何も知らない人間のように、何にでも疑問を持つからである。

優れていない人間は優れた人間に似ている。すべてを知っている人間のように、疑問を持つことがないからである。

2024年12月16日

弱い人間ほど、自分の弱さを見せられない。

また、 弱い人間ほど、自分の弱さを見せたがる。

したがって、矛盾する目的を両立するために弱い人間は、間接的に自分の気持ちを表現することに長けてゆく。

それはしばしば嘘という形にさえなる。

また実際に弱い人間は、非常にしばしばうそをつく人間である。

2024年12月17日

怒ることは、泣くことに等しい。

2024年12月18日

怒りは最大の甘えである。

2024年12月19日

完璧な人生哲学は、あらゆる偶然性を必然性にする。

2024年12月20日

幸福とは不幸である。

2024年12月21日

希望は絶望の始まりである。

2024年12月22日

クラッシック音楽の歴史は、モーツァルト(1756-1791)に始まり、ベートーベン(1770-1827)で終わった。

2024年12月23日

人々は音楽に幻想を抱き、演奏家は音楽の幻影を追う。ただ作曲家だけが音楽の虚妄を知っている。

2024年12月24日

ものを知らない人間ほど人にものを教えたがる。

2024年12月25日

説教されるべき人間ほど、説教したがる。

2024年12月26日

何もかもが合理的ないまの時代で、恋愛だけが偶然の出会いに任されている。

2024年12月27日

男性の価値はその行動である。

女性の価値はその存在である。

2024年12月28日

週刊誌の広告を見て。

女は、男が上に上がれば上がるほど喜び、

男は、女が下に下がれば下がるほど喜ぶ。

2024年12月28日

戦争とは誤解の産物である。

2024年12月29日

誰かを信じられないということは、自分を信じられないということである。

2024年12月30日

馬鹿な人間の理想は、他人がするべき理想であり、有能な人間の理想は、自分がするべき理想である。

2024年12月31日

真理は極端ではない。

それは常に、中間である。

2025年1月1日

あらゆる人間のあらゆる主張は、

本質的には同じことを言っている。

2025年1月2日

不信は不信を呼び、

怒りは怒りを呼び、

悲しみは悲しみを呼ぶ

マイナスはマイナスしか集めない。

信頼は信頼を呼び、

優しさは優しさを呼び、

寛容は寛容を呼び、

笑顔は笑顔を呼ぶ プラスのものは、

つねにプラスのものを呼ぶ。

2025年1月3日

怒るとは、相手と対等の立場に、自ら立つことである。

2025年1月4日

人はたいてい死を嫌がるが、永遠に生き続けられるとなると、たいていの人はうんざりするだろう。

2025年1月5日

仕事をさぼる者ほど、他人のさぼりを許容しない。

2025年1月6日

現在はつねに永遠に見える。

2025年1月7日

「最新の状況は全体を表す」ように見える。

ゆえに人は全体を見ようとして最新の状況を見ようとする。

2025年1月8日

言葉はいつも、ことを大げさに見せる。

2025年1月9日

勝つことは、負けることに等しい。

だが逆に、

負けることは、勝つことである。

2025年1月10日

倫理が問題となるのは、良いことをした時でなく、悪いことをしたのではないかと問われるときにである。

2025年1月11日

自分をけなすことは、 自分を誉めることである。

他人を誉めることは、 自分を誉めることである。

2025年1月12日

誰かを信じられないということは、自分を信じられないということである。

2025年1月13日

理解できないと表明することが、何らかの優秀さを表すことはあり得ない。

2025年1月14日

本質的には、

人は人に突き放されれば突き放されるほど、

ますます人に依存しようとし、

人に受け入れられれば受け入れられるほど、

人から自立する。

2025年1月15日

真の個性とは特殊なものを指すのではなく、

むしろそれは普遍的なものである。

それが特殊に見えるのは、

優れた人が個性ある普遍的な行動をするまで、その普遍性に人々が気がつかなかっただけである。

それを理解しない者は、ただただ奇抜なだけのものにとびつく。

2025年1月16日

人は物事を知れば知るほど、立場が弱くなる。

かくして何も知らない子供たちは人類最強の人々である。

2025年1月17日

頭の悪さと、形容の大げささは比例する。

2025年1月18日

ある人の行動を見れば、その人の人間観が分かる。

2025年1月19日

最高のものと最悪のものとは、しばしば一つのものである。

2025年1月20日

人間のあらゆる思考は、合目的性に沿って発生する。

2025年1月21日

真理は、「どちらか」ではない。

それは常に、「両方」である。

2025年1月22日

つまらない意見ほど、前置きが長い。

2025年1月23日

人々を自分と同じ意見にしようと、我々はみなするが、全ての人が同じ意見を持ったなら、そのような世界に誰も生きる意味を見いだせないであろう。

2025年1月24日

全面敗北は完全勝利である。

2025年1月25日

負けるのは勝とうとするときである。ある人に勝とうとしようとしたとき、人はその人に負ける。

2025年1月26日

善は愛の変形であり、悪は善の変形である。

2025年1月27日

悪は存在しない。ただ過失があるだけである。

2025年1月28日

善人には善人の善が、悪人には悪人の善がある。どちらも善を目指していることに変わりはない。

2025年1月29日

他人を否定することは、

自分を肯定してもらおうとすることである。

2025年1月30日

他人への悪口は往々にして、

自分自身への悪口である。

2025年1月31日

忍耐力と人間的優秀さは比例する。

2025年2月1日

ごく少数のものだけが、どれだけ先人たちの知識が世界に氾濫していようと、何もかもをすべていちから自分で考える。そして彼らは天才と呼ばれる。

2025年2月2日

すべての人にとって、優秀な人間とは、自分と同じ考えを持っている人間のことである。

2025年2月3日

優秀な人間は(自分とは違う)特別な人間だと思っているかぎり、そう思っている人は優秀にはなれない。

2025年2月4日

優れた判断力を持つ人間は、他人の悪にはあまり関心を持たない。判断力のない人間は、他人の悪に非常に関心を持つ。逆に言えば、他人の悪に非常な関心を持つ人間は、判断力のない人間であるということが言える。

2025年2月5日

これに関連したことをいえば、「悪人」とか「(他人の)悪行」などという名詞を使う人間は、判断力のない人間である。

2025年2月6日

ある人が、身近な人にどのような悪人が存在するのかと考えているのかが分かれば、その人自身がどのような悪人であるのかが分かる。「こういう悪人がいる」と考え、行動し、言う人は、その人自身もその「悪人」と同じことをしている。

2025年2月7日

平凡な判断力が差別を産む。

2025年2月8日

ある人が他人を軽んじる度合いと、その人自身が軽んじられるべき人間である度合いとは、比例する。

ある人が他人を重んじる度合いと、その人自身が重んじられるべき人間である度合いとは、比例する。

ある人が自分を重んじる度合いと、その人自身が本当は軽んじられるべき人間である度合いとは、比例する。

ある人が自分を軽んじる度合いと、その人自身が本当は重んじられるべき人間である度合いとは、比例する。

要するに、ある人が他人を重んじるほど、その人自身が重んじられるべき人間であるということであり、ある人が他人を軽んじるほど、その人自身が本当は軽んじられるべき人間であるということである。

2025年2月9日

自分を偉く見せる一番安易な方法は、誰か、あるいは何かを否定することである。

2025年2月10日

加害者はつねに以前被害者だった。

2025年2月11日

人はよく、傷つけたことに傷ついたことに傷つく。

2025年2月12日

頭をつかうことが得意なものはむしろ行動を重視する。頭をつかうことが不得意なものはむしろ行動することを軽視する(つまり頭をつかうことも行動することも出来ない)。

2025年2月13日

人の口調には、その人の人間性が現れる。

2025年2月14日

ある人に誉められたら注意するといい。その人に必ず憎まれるから(感謝の念を表さないかぎり)。

2025年2月15日

怒る人間は、怒られる人間をむしろ信頼している。

2025年2月16日

嫌なことをされても怒らない人間は、相手を信頼していない。

2025年2月17日

怒るということは、他人の心の中に自分の地位を要求することである。

その意味で、怒りは最大の甘えである。

2025年2月19日

自分が世界に何十億人もいる人類の、一人のちっぽけな人間だと思えれば、ちっぽけじゃない人間になれる。

2025年2月20日

今日の試練は明日の幸せのための糧である。しかも一生試練だけが続く(その糧が幸せにつながった試しはない)。

2025年2月21日

人はたいてい死を嫌がるが、永遠に生き続けられるとなると、たいていの人はうんざりするだろう。

2025年2月22日

善悪こそ、人のあらゆる悲しみの根源である。

2025年2月23日

何を言っているのか分からない本を、哲学書という。

2025年2月24日

ある人に、理解できない(他の)思想があるうちは、その人の思想はまだそれほどのものではない。

2025年2月25日

時間とは、具体性を生み出す、宇宙の運動である。

2025年2月26日

科学者は帰納する。芸術家は演繹する。

2025年2月27日

感動させようとするほど、人は感動しなくなる。

2025年2月28日

学問は人を束縛する。芸術は人を自由にする。

2025年3月1日

音楽とは、偉大なるマンネリである。

2025年3月2日

音楽はその国の文化を代表する。

2025年3月3日

音楽は、本質的には無意味である。それは何も教えず、何も進歩させない。にもかかわらず芸術や科学のあらゆる分野の中で最高の尊敬を得ている。

2025年3月4日

教養にもならず、実生活にも役に立たない芸術というものが、常に科学以上の尊敬を勝ち得ているのは、不思議なことである。

2025年3月5日

(極論すれば)作曲をしない人間に音楽について語る資格はない。

2025年3月6日

人々は音楽に対して幻想を抱いている。ただ作曲家だけが音楽に幻滅している。

2025年3月7日

幼児でも思いつくような旋律を作れ。そうすれば君は作曲家として大人になれるだろう。

2025年3月8日

教育されるべき人間ほど、教育が大切だと言う。

2025年3月9日

教えなければ理解しないような人は、教えても理解しない。

2025年3月10日

「あなたを愛しています」という言明の本質は、「あなたは優れた人間である」と認めることである。

2025年3月11日

どんな愛の行為にも、

相手の下になることが含まれている。

2025年3月12日

男は愛されるか愛されないかに着目し、女性はそれを通り越して、どう愛されるかに着目する。

2025年3月13日

矛盾を許容し、矛盾こそ真理であると信じる精神だけが、格言を口にすることが出来る。

2025年3月14日

オーソドックスなものから離れると、たいていのものは陳腐になる。

2025年3月15日

笑いの本質は、合理的な不合理性である。

2025年3月16日

存在する意味とは、存在することに対する報酬である。

2025年3月17日

あなたが一つの視点を持ち、

それがまともな視点なら、

そこから世界のすべてが眺められるはずだ。

2025年3月18日

「最新の状況は全体を表す」ように見える。

ゆえに人は全体を見ようとして最新の状況を見ようとする。

2025年3月19日

誰もが考えるようなことを突き詰めると、

誰も考えなかったことに行き着く。

2025年3月20日

優れたこととは、常に普通のことである。

2025年3月21日

この世で最もものを単純に考えることの出来る人間を、天才という。

2025年3月22日

肯定は寛容であるが、否定は狭量である。

2025年3月23日

否定は肯定を軽蔑する。肯定は否定を優しく見守る。

2025年3月24日

肯定的なものは常に困難であり、否定的なものは常に安易(容易)である。

2025年3月25日

否定的なものは、内容がないことが多く、

肯定的なものは、洞察にあふれている。

2025年3月26日

ものごとは、基本的なものになるほど理解しづらくなってゆく。

2025年3月27日

物事は、普遍的になるほど、その意味を喪失してゆく。

2025年3月28日

知れば知るほど分からなくなる。

2025年3月29日

極端を突き詰めれば、極端に至るまでのすべての中間が理解できる。

2025年3月30日

本質的な思想は、指一本動かさずに全世界の風景を一変させることが出来る。

2025年3月31日

軽蔑している思想があるかぎり、その人はまだ幼稚な思想の段階にいる。自分の反対の主張をも包括しないかぎり、その人の思想はまだ完全な普遍性を持っていない。

2025年4月1日

体系だった主張のみが聞くに値する。体系だった主張の一部分だけ取り上げて、その言葉尻をとらえて批判することなどは、判断力のない人間にも出来て、しかも何も生み出さない。

2025年4月2日

軽い真理は人に言える。

重すぎる真理は人には言えない。

2025年4月3日

無意味なものほど、意味がある。無意味なものとは、矛盾したものである。矛盾したものは、常識外れのことである(例えば部分と全体は等しい、など)。しかしそのようなものほど、我々にとっては価値のあり、意味のあるものである。したがって無意味なものほど、意味がある。

2025年4月4日

全面敗北は完全勝利である。

2025年4月5日

負けるのは勝とうとするときである。ある人に勝とうとしようとしたとき、人はその人に負ける。

2025年4月6日

憎むとは、憎む相手に対して負けを認めることである。

2025年4月7日

人の悪口を言う人間が軽く見られるのは、人を憎むということが負けを認めていることだからである。

2025年4月8日

善は愛の変形であり、悪は善の変形である。

2025年4月9日

善人には善人の善が、悪人には悪人の善がある。どちらも善を目指していることに変わりはない。

2025年4月10日

自分自身を理解することほど、

人間にとって難しいことはない。

2025年4月11日

人間が信じられなくなったとき、

人は神を信じようとする。

2025年4月12日

他人を否定することは、

自分を肯定してもらおうとすることである。

2025年4月13日

他人への悪口は往々にして、

自分自身への悪口である。

2025年4月14日

良いことは、すればするほど腹が立つ。

2025年4月15日

倫理的に最も優れた人間とは、すべての人間のあらゆる行動が理解できる人間である。

2025年4月16日

他人の自由に対する束縛はすべて、悪を起源とする。

2025年4月17日

組織は倫理を崩壊させる。

2025年4月18日

人の、人に対するすべての態度は、内面の弱さのあらわれである。

2025年4月19日

沈黙ほど雄弁なものはない。

2025年4月20日

左翼は自己を否定する。

右翼は自己を肯定する。

2025年4月21日

判断力のない人間の理想は、他人がするべき理想であり、有能な人間の理想は、自分がするべき理想である。

2025年4月22日

競争のあるところには、競争することが好きな、実力のある人間が集まる。競争のないところには、競争することが嫌いな、判断力のない人間が集まる。

2025年4月23日

怒りは、見せかけの強さである。真の強さは、誰にも怒りを表明しないことである。その態度は全人類を無限に尊重し、かつ無限に軽蔑している。

2025年4月24日

人はおそらく十代と二十代で才能を磨き、あとは死ぬまで下降し続ける。

2025年4月26日

音楽は、真理よりも普遍的である。

2025年4月27日

音楽の本質はリズムである。

2025年4月28日

文化、芸術的なものは、

誰にでも近づけ、誰にも近づけないものである。

2025年4月29日

音楽は、一番作りやすい芸術であるとともに、一番作りにくい芸術でもある。

2025年4月30日

最良の道徳教育は、道徳教育を一切しないことである。

2025年5月1日

ある人が愛を求める度合いと、その人の態度行動の論理的整合性は反比例する。

2025年5月2日

女性はプライドで生きている。

2025年5月3日

格言とは、矛盾であり、嫌みである。

2025年5月4日

目的とは、手段である。

2025年5月5日

次の時代は、常に新しい時代と言われる。

2025年5月6日

最も優れたものは最も平凡なものである。

2025年5月7日

意味ほど無意味なものはない。

2025年5月8日

思想は、ある段階まで進むと後はひたすら何を言っても自己矛盾ばかりとなる。

2025年5月9日

発見は、百の疑問と一の解決によってなされる。

2025年5月10日

人は真理を愛するが、真理の方が人を愛するとは限らない。

2025年5月11日

考えるということは、前提というものを限りなく消して行く作業である。その意味で思考は、無限に後ろ向きの作業である。

2025年5月12日

真理は時として、罪深い。

2025年5月13日

正しい考えを持っている人間は、自分は正しくないと考え、

正しい考えを持っていない人間は、自分は正しいと考える。

2025年5月15日

真理を前にすれば、人の自我は簡単に一蹴される。

2025年5月16日

人間のあらゆる探究は、根拠と原因は同じものなのかということを突き止めようとする、永遠の闘争である。

2025年5月17日

憎しみは弱さのあらわれである。

2025年5月18日

憎んでくれてありがとう。

君は私に、負けを認めてくれるんだね。

2025年5月19日

人に善をしようとする者は同時に、人に対して激しい憎悪を持ちうる。

2025年5月20日

悪を生み出すのは善である。

2025年5月21日

誤りを認めない人間よりも、誤りを認める人間の方が、より誤りがないと周りから思われる。

2025年5月22日

人間の最大の課題は、いかに己自身を知るかということである。

2025年5月23日

優れた人間ほど、自分は他人にとって優れた人間であることが困難だと考える。

2025年5月24日

天才は罪

凡庸は悲劇

2025年5月25日

社会に対する見方は、その見方を採用する人自身を映す。

2025年5月26日

人は自分の自我にとって都合のいい世界観(社会観)を構築する。

2025年5月27日

偉そうなことを言う資格のない人間ほど、偉そうなことを言う。

2025年5月28日

弱さを見せるのは理解してもらおうとすることである。

2025年5月29日

判断力のない人間の顕著な特徴は、

他人の行動の中に、悪意を認めることである。

2025年5月30日

有能な人間は、判断力のない人間をただ馬鹿だと思い、

判断力のない人間は、有能な人間を悪だと考える。

2025年5月31日

音楽は、単純なものほど美しい。

一休み。

©北原陽翔2025